左:渡辺 雄一郎シェフ 右:石井 剛シェフ
トップシェフたちが語る「素材を活かす」という哲学は、彼らが選ぶ道具一つ一つに反映されていました----。
フランス料理界の第一線を走る二人のトップシェフ、渡辺雄一郎シェフ(Nabeno-Ism)と石井剛シェフ(モノリス)。彼らが日々向き合う「素材」と「道具」には、プロフェッショナルとしての深い哲学が宿ります。
素材を最大限に活かし、料理の質を決定づける道具の重要性、そして日常的に使われる「ラップ」も調理の精度を高める重要なパートナーとして捉える、その真意に迫ります。
シェフ紹介


---- まず、料理の出発点である「素材」について、シェフはどのように向き合われていますか。

渡辺 雄一郎氏(以下、敬称略):やはり、旬の食材の味を最大限に引き出すのが、フランス料理における料理の根幹です。僕は「この食材しか調理しない」というわけではなく、自然体で食材を追うというか、良いコンディションの食材を調理させていただく感覚ですね。
昨今の気候変動で魚の旬なども変わってきていますから、生産者の方々とコンタクトを取り合い、今何が良いのかを聞き、自信を持って提供される食材にしか興味がないです。美味しい料理は、良い食材がないと成り立たないですから。
石井 剛氏(以下、敬称略):私も渡辺シェフと同じ考えで、まず良い食材を使うという点に関しては、お金に糸目をつけずに手に入れることを徹底しています。それに加えて、私の料理スタイルでは、魚や肉をキャベツやパイで包むことが多いのですが、これはあくまでメイン食材を生かすための技術です。
シンプルにグリルしたりソテーしたりする方が美味しい場合もありますが、包むことによって、フォアグラやトリュフの香り、焼いたバターの香りなどが複合的に混じり合い、カットした時に立ち上がる香りが、他に代えられない特別なものになるのです。
---- 渡辺シェフのお店のコンセプトには「聖地あべのを原点に、フランス料理の本流、定義、伝統を守り更に進化させ...」という一節があります。守るべきだとお考えになる『フランス料理の本流・定義』とは、具体的にどういった部分なのでしょうか?
渡辺:守るべきは、まず先人たちが残してくださったフランスの技法ですね。そして、もう一つ譲れないのはバターの使い方です。私は、バターが入っていないフランス料理はフランス料理ではない、とさえ思っています。
日本料理における「鰹節、昆布、味噌、醤油」にあたるのが、フランス料理においては「塩、胡椒とバター」だと考えているからです。このバターが、私の料理のキーワードとして全ての料理に大体潜んでいます。
私のスタイルは、当初「フュージョンではないか」と聞かれたこともありますが、フュージョンを作る気は全くありません。イメージとしては「フランス人がこの浅草駒形に来て仕立てた料理」を、私たちが作っている感覚なんです。
つまり、古典的な技法とバターを核としたフランス料理の本質を守り抜くこと、これが私の定義です。
---- 石井シェフが掲げる「ネオ・クラシック」という哲学における「クラシック」の部分と、渡辺シェフの哲学に非常に通じるものがあるように感じます。石井シェフの哲学と共感する部分、あるいは「自分は少し違うアプローチかもしれない」と感じる部分はありますか?

石井:根本的に、本流は渡辺シェフと一緒です。ネオクラシックというのは、私自身が15年前(2025年時点)にモノリスを立ち上げた際に、初めて使った言葉なんですよ。
私の考えるネオクラシックというスタイルは、元を辿れば本流であるクラシックから進化してきたものです。クラシック自体も進んでいると解釈しており、私は100年単位でクラシックになると考えています。時代が進むにつれて、ヌーベル・キュイジーヌ(新しい料理)もネオクラシックも、いずれクラシックになっていくでしょう。
共感する点は、フランス料理の「基礎」を大事にするという部分ですね。私の料理は、エスコフィエ(現代フランス料理の基礎を築いた料理人)が確立した現代フランス料理の基礎をベースにしています。
しかし、アプローチが少し異なるのは、現代人に合わせている点です。もちろんバターなどの古典的な技法は使うのですが、極端なバターの量や脂分は極力控えています。健康的で食べやすいのですが、出来上がった料理を食べると、伝統的なフランス料理の味、技術、そしてフランスらしさを感じさせること。それが私のネオクラシックの哲学です。
---- その貴重な素材の命を扱う上で、特にスタッフの方々に伝えていることはありますか。
渡辺:私はスタッフに、常に「命をいただいている」ということを言い続けています。例えば、肉を切り身にしてそっと置くのか、放り投げるのか。鍋に素材を放り込むのか、そっと入れるのか。丁重に扱って感謝しながら調理しなさいと。素材を放り投げるような行為は絶対に許しません。
石井:私も全く同じ考えです。命をいただいているという意識を共有しています。あとは、無駄にしないことと、美味しく食べるために鮮度をしっかり保つことです。また、物によっては熟成させたり、脱水して水分を抜いたりする必要があるため、その見極めも大切にしています。

---- 素材を最大限に活かすためには「調理道具」も重要になってくると思いますが、お二人が特にこだわっている「調理道具」は何でしょうか。
渡辺:僕は包丁と銅鍋ですね。包丁は高村(高村刃物製作所)さんの名人のものを使わせていただいています。切れ味というのは、細胞を壊さずに切るという点で、味をコントロールするために非常に重要です。
そして銅鍋は、フランス料理で一番大事なソースの「レディクション(煮詰める調理法)」は、やはり銅鍋の力なくしてはできないと思っています。鉄板(プラック)とのコンビネーションにも不可欠ですね。
石井:私も包丁は、渡辺シェフと同じく高村さんのものを使用しています。
包丁の管理も非常に厳しく、研修に来た若い子たちには自前の包丁を必ず持ってきてもらうのですが、まずはその包丁をチェックをさせてもらいます。包丁を大切にできない子は、うちの大事な食材を切らせられないという考えです。道具を大事にしていない、切れない包丁で食材を扱うのはプロとして失格ですから。
鍋については、底が厚めのステンレスの鍋を使っています。
---- 道具を選ぶ際の基準や、長く使い続けている相棒のような道具はありますか。
渡辺:基準はシンプルに「自分の手にフィットするか」です。包丁にしろ、鍋にしろ、スプーンにしろ、全て自分の手にフィットして、神経が隅々まで行き渡る感覚を大切にしています。まるで、包丁が自分の一部となり、目をつぶっても魚の内部構造が分かるような感覚になれるかどうかです。私には、30年以上使い続けているスパチュールがあり、もう柄がボロボロになっていますが、今も現役ですね 。
石井:私も全く同じで、道具は手の一部ですね。例えば、ソースをかける時のスプーンは、その微妙な量(何cc入るか)や手のフィット感があるので、ずっと同じ専用のスプーンを愛用しています。
---- 渡辺シェフは、長年ロブション氏のもとで働いていましたが、道具の管理について受け継いだことはありますか。
渡辺:考え方ですね。ロブション氏も厳格で、この調理にはこの鍋、この蓋と全てが細かく決められていました。そうじゃなければ、あの味にならない、というロブション氏のこだわりを私も大事にしています。
---- 石井シェフにお聞きします。日仏の厨房とでは考え方や揃っている機材などに違いはありましたか?そうしたご経験を経て、ご自身の道具選びの哲学はどのように形作られたのでしょうか。

石井:フランスに行った時に、一番戸惑ったのがエポンジュ(スポンジ)の使い方でしたね。日本ではスポンジは洗い物に使うものですが、フランスではスポンジでテーブルを拭くんです。
フランスの厨房には、いわゆる日本のダスター(雑巾)がないんです。エポンジュに水を含ませて、それで吸わせて拭き取る。この使い方が日本にいる頃と違っていて、慣れるのに苦労しました。
---- そのような文化の違いを経験された中で、シェフの道具選びの哲学はどのように確立されたのでしょうか。
石井:基本的に最新のテクニックや調理器具は「流行り」であり、いつか廃れると考えています。ですから、あくまでもアナログの調理を駆使したいという思いがあります。このアナログな手法を追求する上で、道具は自分の手にフィットし、神経が行き渡る感じがあることが重要です。道具は私にとって手の一部でなければなりません。
また、道具を大切にすることは、食材の命や、その道具を作った人に対する感謝の念と誠実さに繋がります。だからこそ、私は若手に対し、自前の包丁をチェックし、研いでいない者は現場に入れないほどの厳格な管理を求めているんです。
---- 渡辺シェフは、フランス時代のラップとキッチニスタラップのフィット感が近くて重宝しているというお話を聞きましたが、ラップ(キッチニスタラップ)に関してもご自身の哲学に沿う道具となっていますか?

渡辺:キッチニスタラップを使い始めて、フランスのラップと材質がすごく似ていることに気づきました。フランスのラップは引っ張った時の強さと伸びが優れていたのですが、キッチニスタラップにもそれに近いフィット感があるんです。
---- その「フィット感」が、シェフが道具に求める「手の一部である」という哲学に沿うものだったということですね。
渡辺:まさにその通りです。私にとってラップは単なる保存用フィルムではなく、「調理フィルム」として、哲学に完全に沿った重要な調理道具となっています。
---- テクノロジーの進化で調理器具も多様化していますが、新しい道具は積極的に試されるタイプですか?それともクラシックなものを使い続けますか?
渡辺:私は、新しい道具に対して断固拒否はしなくて、まずは一度試させてもらうタイプです。売り込みも多いですからね。ただ、実演してもらって「これはうちには必要ないね」となることも、もちろんあります。
最近使用し始めたものだと、例えば遠赤外線炭火バーナーがあります。炭素材を通すガスバーナーなのですが、最初は「そんな都合のいいバーナーがあるわけないだろう」と疑ったんです。
ですが、後輩からの紹介でしたので、まずは実演で魚、肉、野菜をすべて炙って食べさせてもらいました。その結果を見て、導入を決めたのがこのバーナーでした。匂いや味の面でメリットがあれば、拒否はしません。
また、揚げる、煮る、加圧調理、真空調理といった、加熱調理のほとんどを1台でこなす調理機器を以前から導入しておりますが、これは私が日本で最も早くレストランキッチンに導入した例の一つです。
しかし、ソースの作り方や昔ながらの調理法など、クラシックな要素は譲れないという、頑固な部分もあります。新しい流行りもいいですが、最終的な判断基準は「良ければ使わせていただく」という柔軟性ですね。
石井:私は、アナログですね。新しい道具はあまり使わないようにしています。
エスプーマなども一度試しましたが、私の料理にはあまり必要ないと感じ、使っていません。いわゆる低温調理(真空調理など)も、やらないわけではないですが、あまり多用はしません。なぜなら、最新のテクニックや調理器具は「流行り」であり、いつか廃れるものだと考えているからです。
---- では、シェフの「ネオクラシック」の根幹を支えるのは、やはり伝統的な技術ということでしょうか。
石井:まさにその通りです。私が駆使したいのは、古くからのやり方、アナログの調理です。そうしたアナログな技術を駆使して、新しい、進化したフランス料理を作りたいのです。科学的なものではなく、アナログの技術から生まれる温かさや、調理の良さ、そして香りを大事にしたいと思っています。

---- 日常的に使われる「ラップ」を、お二人は調理道具として捉えていらっしゃいますか。
渡辺:間違いなく調理道具と捉えている面があります。包む料理はもちろん、鍋の蓋代わりとしての使用や、耐熱温度を考慮して火入れなど、様々な使い方をします。食材を保存するためのフィルムではなく、調理フィルムの一つという感覚です。
石井:私も、ラップは大事な調理道具の一つです。ラップがないと、私の料理は成立しないので、重要度はかなり高いです。テリーヌなどを成形する際や、真空にかける前に食材を整える時など、ラップがなければ成立しない料理が多いです。
---- ラップには、特にどのような機能を求められているのでしょうか。

渡辺:自分の希望通りの形になる、しなやかさですね。手と同じような感覚で包めることを大事にしたいので、自分の手の感覚が伝わりやすいラップが良いですね。
フランスで働いていた頃のプロ用ラップは、部署ごとに大きなロールを自分でナイフで切るタイプでしたが、キッチニスタラップはそのフランスのラップと材質がすごく似ていて、伸びが良いです。引っ張った時の強さと伸び、そしてフィット感がフランスのラップと非常に似ていると感じたのが、使い始めたきっかけです。
石井:私は、ゴワゴワしたタイプのラップは調理道具には使いません。キッチニスタラップは、シワになりにくいので非常に重宝しています。
巻いて蒸し上げた後、ラップを外した時にラップの跡が食材に残るのが嫌なのですが、キッチニスタラップは伸ばした時にシワが寄りにくく、平らな状態を保てるのが良いですね。

渡辺:そう、このラップは伸びが良いだけじゃなく、縦方向に引っ張ると構造的に強くて、紐にして使ったり、ボールにかけて縛ったりもできるほど強いんですよ。20本ぐらい束ねれば、災害時などに人を助けられるロープになるんじゃないかと真剣に考えるくらい強いです。
---- お話があったように、例えばラップで食材を成形する際や、食材の保湿・保鮮、低温調理の際など、ラップが料理の仕上がりを左右すると感じるのはどのような瞬間ですか?
渡辺:ありますね。筒状(ルーロー)に成形する料理が多いのですが、ラップがなければ、そうした料理は成立しないと言っても過言ではありません。また、低温調理、特に真空にかける工程に入る前も、ラップで成形し、整えたものを一度凍らせる場面がありますし、真空パックにする際も、ラップでしっかりと成形することで、食材が中で動かないようにする役割があります。
キッチニスタラップの「しなやかさ」は、自分の手の感覚がそのまま伝わり、希望通りの形になってくれるので非常に使いやすいですね。
---- 石井シェフのネオクラシック料理において、どのような工程でラップの性質が料理の仕上がりを高めていると感じますか?

石井:僕も全く同じです。大事な調理道具の一つであり、なくてはならないものですね。ネオクラシックでは、魚料理やお肉料理をキャベツで包んだり、メインをパイで包んだりする、つまり「包む」料理が非常に多いです。
例えば、モノリスのテリーヌのようにルーロ(筒状に巻く)にして冷やして固めたり、バロティーヌのような肉や魚に詰め物をし、しっかりルーロにして蒸し上げたりする際に、ラップがシワになりにくいことがこれらの料理で非常に重要になります。
例えば他のゴワゴワしたラップを使うと、巻いて蒸し上げてラップを外した際に、シワの跡がお肉に残ってしまうんです。私はそれが嫌で、ピッタリ伸ばした時にシワが寄りにくいことを重視して ラップを選んでいます。
この微妙なシワ一つが、料理の美しさやテクスチャーに影響を与えるので、ラップが最終的な仕上がりを大きく左右する瞬間だと感じています。
渡辺: 結局、我々の料理においては、ラップは単なるフィルムではなく、「調理道具」として完璧な成形と保護を担っていて、「ラップがなければ成立しない料理が多い」というのが共通認識ですね。
---- ラップは食材のロス削減に繋がっていますか。
渡辺:もちろん、切り口に付着させて食材の乾きを防ぐという点に関しては、毎日必ず使っています。
石井:同じく、食材のロスを減らすために切り口などには必ずラップを使用しています。
---- 最後に、これから料理界を担う若い世代に向けて、素材や道具への向き合い方で大切なことを教えてください。

渡辺:素材に関しては「命に感謝」。道具に関しては「作った人に感謝 」と伝えています。爪楊枝一本、タコ糸一本、もちろんラップもそうですが、全てその会社の人々 が会議を重ね、人の想いが入って作られています。
だから、それらを粗末に扱ってはならない。また、調理中は美しい所作を心がけ、無駄な音を出すなと指導しています。心を込めて集中して調理していれば、そんな音は出ません。お客様に提供する時間が決まっているのに、慌てて作るようでは段取りが悪いだけです。
石井:食材に関しては、見極め方が大事です。もちろん食材を大事にすることや、ロスを出さないことも口うるさく言いますが、例えば血がにじんでいる肉をそのまま使わず、ローストに使えない部分はミンチに回すなど、しっかり食材の状態を見極めて扱ってもらいたい。道具については、もちろん大事に扱うこと。特に包丁は、しっかり管理(研ぐこと)を怠ってはなりません。
---- プロフェッショナルとして第一線に立ち続ける上で、最も心がけていることは何でしょうか。

渡辺:誠実さじゃないですかね。食材に対して、仲間に対して、お客様に対して、全てに誠実であること。二日酔いなどでバッドコンディションで料理をすることは、お客様に対して失礼に当たります。プロとして当たり前のことを当たり前にやることが大事です。
石井:お店で提供する以上、料理に関してもサービスに関しても、どの皿に関しても完璧であるべきだと思います。もちろん、そうでない場合もありますが、極力全てのパーツにおいて完璧なものを仕上げる。完璧を目指すべきであり、そうでなければお客様からお金をいただくことはできません。